―建築的特質―
瀞ホテルは、大正から昭和戦前期に建設された木造和風の建築。

瀞の水面より十五メートルの巖上に建てられている瀞ホテルの建築特徴は

断崖絶壁という敷地の制約を逆手にとって、

その場所の特性を巧みに読み込んだ

空間構成が採られた点にある。

この建物は急傾斜地に特有の

建設法である吉野建てにも似た

手法によって構築されているために、        

山側と谷側では階数が異なる

本館の屋根裏には太い松材が

竜骨のように桁行き方向に入れられており、

大工棟梁による設計施工であったと考えられる。

最上階の客室には六畳間が二部屋連なり、この二室の間の欄間には瀞ホテルならびにその廻りの岩場の景観をそのまま彫り込んだ彫刻が嵌る。

その図柄は瀞ホテルの外観を若干デフォルメしながらもそのまま映し込んだものである。このことからもこの空間がもっとも格式の高い客室と設定されていたことがわかる。川側には戦後の造作だと思われる洋風のベランダが取り付く。






















ホテルという呼称がなされたものの、建築的な内実はまったくの旅館の形式であり、主屋・宿泊棟ともに、客室を取り囲むように回廊があり
、まさに瀞峡を眺めるためにつくられた空間といえる。


外観に城郭風スタイルが示されていた点がスタイル上の最大特質である。また細部をみれば、一般的な民家に用いられる手法も用いられており、それらが混在している点も特徴といえる。

では、いつから城郭風が意識されたのだろうか
建設順序は定かではないが、あきらかに見られることが意識されたものと想像される。とりわけ川を遡行して来るプロペラ船には、「城の如くに建つ招仙閣の高楼」(田島正雄の言)と映ったようだ。

現在は隣接地にあった建物が消滅している分、余計にその印象は強い。

    川島智生 著書 近畿文化『瀞ホテル‐近代和風の名建築‐』より